プライドが高く繊細な思春期男子にどう接する?「自尊心」を壊さない親の対話術

プライドが高く繊細な思春期男子にどう接する?「自尊心」を壊さない親の対話術

思春期の男子って、本当にむずかしい。


プライドは驚くほど高いのに、ちょっとした一言で急に不機嫌になる。

さっきまで普通だったのに、急に黙る。反発する。投げやりになる。


強そうに見えて、実はとても繊細。

近づきすぎてもダメ、放っておいても心配。

親のほうが神経をすり減らしてしまいますよね。


「どう声をかければいいの?」

「地雷を踏まずに関わる方法はあるの?」

「この状態、見守るだけで本当に大丈夫?」


実はここには、思春期男子特有の心の発達プロセスと、親の関わり方のコツがあります。


感覚や経験だけに頼らなくても、親子の対話には“学べるメソッド型”があります。


この記事では、思春期男子の内面で起きていることと、自尊心を傷つけずにやる気の芽を守る関わり方を、私の個人的な実践の経験と、親業(P.E.T.)の視点も交えて整理します。


1.思春期男子の扱いにくさの理由とは

意味不明に見える彼らの言動をどう解釈する


以前、親業訓練の受講生の方から、このような質問がありました。

高校生の息子がものすごく繊細なのです。
上のお兄ちゃんはあっけらかんとしたタイプで、何を言ってもまったく平気なのですが、同じことを彼に言うと、「睨む」「屁理屈を言う」など、とても暗い。なので家族全員が彼に気を遣っているのです。「まったく勉強する意味がわからない」「なんで生まれてきたんだろう」「この先いい事なんて、あるのか」私から見ると、目の前のことから逃げているとしか思えません。
全く何を考えているのかわかりません。そして、私も、とても疲れます。もう、腫れ物に触るように接しているのですが、放っておいても大丈夫なのでしょうか?
意味不明?な彼らの発言。男の子って意味不明ですね。

私は昭和39年生まれです。姉と弟の三人兄弟の高度成長期に育ちました。そして、自分は息子を3人授かりました。


子育ては、ほぼわからないことだらけでした。 「男の子ってどうしてこうなの?」「私にはムリ~」と素直に思ったことが何度もあります。


その都度、父や夫など、周りにいる男性を観察し、時には見比べて、彼らの生態を自分なりに観察(?)してきました。本もたくさん読みました。

「男の子について」は、今は「個人差」が強く「性別の違い」で分ける事はどうなのかなと思いますが、でも、やっぱり「女子」と「男子」は「考え方」も「性質」「気質」なども、まったく違う生き物のような気がしているのが、私の感想。

生物としての差というのかな。あまりにも自分と違っていたからかもしれません。ビックリしながら「ああ男性ってそうなんだ」と思えたことがたくさんあります。

思春期の男の子って、どうなっているのでしょうか。


私も自分なりに研究しましたよ(笑)



親が知っておきたい思春期の心理発達

思春期の男子は、とても繊細でプライドが高い。こだわりも強く、ガラスのハートを持っているようです。

私はその構造や心理状態、背景について、情報収集を欠かしませんでした。

そして、その内面の深さや繊細さや葛藤に驚くことが何度もありました。
親が、欠点のある一人の人間だと気づき、社会のあらゆる矛盾点に嫌悪し、理想を追い求め、孤独感にどっぷりと浸かりきる・・
これは、日本を代表する臨床心理学者の河合隼雄先生の本の一節です。

私は河合先生の考え方が好きでよく本を読んでいました。そして、これがいわゆる「思春期」ってものなんだと、おぼろげながらに理解できた気がしたものです。

河合先生によると、
今まで、日本の一般的な家庭ではたいてい「親主導」で子育てが行われてきました。そして子どもは、ちょうど10〜15歳ごろに人生の転換期が訪れます。
それまで子どもにとって親とは「神」のような絶対的な存在だった「親」が、実は「フツウの人」だと知るのが、10~15歳ごろです。これは当然の事だと思うかもしれませんが、実はここが彼らにとってはすごい事なのです。なぜなら、自分が小さい頃からいつも正しいと信じていた「神」が、実はそうでなくてただの「おばちゃん」だと知ったからです。
彼らにとって、もう天地がひっくり返るほどの衝撃を受ける事もあるそうなのです。そう言うちょっとした「衝撃」を繰り返しながら、人は大人になっていくらしいです。「自己の確立」というのでしょうか。
親が生まれながらに自分に与えてきた「世界観」に、自分が感じる現実の「世界」とは違うことに驚き、ためらい、そして、受け入れていく。それが彼らの成長。

河合先生の本を読んで、そんな風に思春期男子の成長を解釈しました。

私は、今の子育てに照らし合わせて考えました。

例えば、小学生時代は、「スポーツ中心生活」だった場合が、中学に進学した後には、「勉強中心生活」に「方向転換」を示されるのは、よくあるパターンだと思います。

小学生時代と中学生になると、子どもの立場や状況が変わるから、親は適切に関わろうとします。

ですが、子どもの立場になると「親の変化」をどう感じているのでしょうか。

親の言う事を聞くいわゆる「従順な子」ほど、振り回されているかもしれません。親が全く逆の事を言い出したように感じて戸惑っていないでしょうか。

子ども達は世間や親の矛盾に振り回されて、葛藤をたくさん経験しているのかもしれないのです。

そりゃ、しんどいやろな。。。。

思春期男子の心が揺れる本当の理由

昔から、男の子は身体が弱かったり、育てにくいと母がよく言っていたことを思い出します。

そして、思春期の男の子とは、硝子のハートですご〜く繊細です。

実際に、国立大学に在学中に亡くなる学生の、死亡理由の一位は交通事故や病気でなくなんと「自死」です。そして男子が多いという新聞記事を目にしたことがあります。それくらい、男子は繊細なのですね。

私は男の子は「プライドの生き物」だと思っています。「プライド」と言う概念は、親業を学んだ時にものすごく腑に落ちた概念です。自分の「尊厳」がどれだけ守られているか。ここはかなり重要です。

思春期はその「尊厳」が傷つきやすいのです。一人の人としての自尊心やメンツが守られているかがとても大事。自分の尊厳が守られていない時にかなり不安定になるのだと思います。

私は息子たちとの数々のバトルで、彼らの精神的な「孤独感」みたいなものに触れてしまうときがあって、その「繊細さ」「素直さ」「純粋さ」に驚いたことが何度かありました。

これは男の子というより、個人の特性?これはわかりませんけど。

不安定な「青年期」とは自己を確立するための大人へのステップ

ゴードン博士が「思春期」について書いた記述があったので、転記しておきますね。ゴードン博士は「思春期」とはいわず「青年期」と言っていますが、失望と苦悩を味わうって言っていますね。

やっぱりそういう時期なんでしょうね。 

親が子どもを受容するという自分の内的感情をことばで表現するすべを身に付ければ、目を見張るような効果を生む道具を手にしたのと同じだ。

子どもが自分自身を受容し、好きになっていく過程、自分の勝ちに目覚める過程に影響を与えられるようになる。

子どもの発達を促し、遺伝的に与えられた可能性の実現を促進できる。

依存から独立と自己管理へ異動するスピードをはやめられる。

人生にどうしても出てくる問題を自分で解決する力、少年期、青年期に味わう失望と苦悩に建設的にのぞむ力を与えることができる。

「親業」トマス・ゴードン(大和書房) より

そう言えば、昔のドラマは今よりも「青春もの」みたいなのがたくさんありました。

大人でもない、子どもでもない、自分が何者か?自分とは?中途半端な鬱屈した心理状態などが描かれて、それを観ることで自分を重ね合わせたりしたんじゃないかな。

模擬体験、つまり実際にはやらないけれど、気持ちの上で体験することもできたかもしれません。

自分に気づきながら葛藤の中で自分を確立していくのが、大人へのステップなのかな、と思います。それは、大人になるための儀式みたいなもので、必要な時期なんだろうなと思うのです。

今は、そういう「青春期」の捉え方が、昔とは違ってきているかもしれません。

私的には、その繊細で苦悩に満ちた「思春期」「青年期」をしっかりと生きて、社会に積極的に生きる「大人の男子」に育ってほしいな。

2、思春期男子に効く親のコミュニケーション原則

親子バトルを関係改善に変える対話の技術

繊細な彼ら。でも、腫れ物に触るように接していては、今度は親としてのメンツが立ちません。

ここが、親としての「姿勢」や「対話」を鍛えられる時です。

我が家でも、子どもの私への態度が、今までとは明らかに変わってきたと感じた時期はありました。

中学生の頃かな。今までとは精神的に、一歩「距離」をとってきたような、そんな風に感じた時期でした。

そんな時、親子バトルも数々経験しましたよ。

息子に「お母さんとは合わない、合わなすぎる」と言われたことだってあります(笑)。すご〜〜〜〜くショックでした。が、不思議とあまり、後を引かなかったのですね。

私は、親子関係が次のフェーズに入ったことに戸惑いを感じました。でも、それより、彼らが今、感じている「失望」と「苦悩」を私なりに理解したい、という気持ちが強かったのを覚えています。

「親業」で「対話スキル」を学んでいたことが幸いだったかもしれません。

私は彼とバトルをしながらも、自分なりに彼を理解したいと心から思えていました。それは彼に本音でぶつかる事で、自然に沸き起こる感情でした。

学ぶ前のわたしなら、きっと自分を擁護するのに精一杯で、もっと息子を追い詰めていたと思うのです。

私も少しは成長したのか、息子の吐き出す言葉の意味に惑わされず、今の現状を整理することができてとても助かりました。そして彼が訴えてきた「気持ち」にも、焦点を当てることができました。

そして、この苦悩を乗り越えるのは、彼なのだと思えました。

ムダに繊細で理解不能な男の子のガラスのハート。
でもきっと、彼なら大丈夫。

そして、わたしは「わたしらしく」いたらいいのだと思えました。

息子との対話の中で、私は自分をふりかえり、そして、やるべきことハッキリと見えてきたのです。その時、ちょっと「親業」サボってかなって思いましたが、そういうのも含めてすべてが私の母親としての成長だと思います。

親子のバトルがあっても、繊細な息子でも、お互いを尊重したいという思いと「対話スキル」で乗り切れるものだし、そうできると信じていれば、大丈夫。

反省し過ぎないで、自分の気持ちを整えて軌道修正できたので、ラクちんでした〜

そして、その時期はすんなり過ぎていきました。

子どもを支える親のメンタル整え方

人の心が育つ時、すなわち「子どもから大人へと成長を遂げようとする」ときは、自分の中の「繊細さ」や「傷つきやすさ」「甘えたい気持ちと独立したい気持ちの葛藤」があらわになる時です。

子どもが「今のままの自分の姿」に直面したとき、親が彼らにどう接するかはとても大切だと思います。

そして、大事なのは、お母さん自身の「メンタリティ」(心のあり方)です。

だけど、母親も一人の人間。

育児本は、子どもへの接し方や親の心構えについて触れています。ですが、母親自身が自分のメンタルをどう整えていけばいいのか、方向性や考え方、具体的な方法を詳しく指南してくれるものは、あまり存在しません。

なので、私としてはとてももどかしいのです。

母親のメンタルが整っていれば、子どもは自分で自由にどんどん成長と発達を遂げていきます。

ですが、男の子は見えにくい。ここで勘違いが起こるのかもしれませんね。

私も、歳をとるほどに、だんだんとコツがわかるようになってきました。これも経験です。20年前のわたしには、とっても理解できなかったことなのです。

子育ては、親の成長を待ってはくれません。

思春期・反抗期に臨む母親の心構えとは、だれも教えてくれないのは、それだけ個人差もアリ、奥も深いことだからだと思います。

ですが、親はだれもがしろうと。

なので、心構えやメンタリティを効果的に整えるためにも、対話スキルが役に立つのです。

思春期男子との関係は「対話スキル」で変えられる

男の子を知性とやさしさ溢れる「大人男子」に育てる事は、私のミッションであり、人生をかけた研究テーマそのものです。

思春期はサナギの時と言われます。

動かず、見た目も美しくないから、突っついて生存確認をしたくなりますね。ですが、それではサナギは死んでしまいます。

サナギから蝶に美しく羽ばたいていけるよう、今、この時期こそ彼ら自身のプライドを傷つけないように接したいものです。

サナギの内部で起こっている、壮大な変貌を想像しながら、「うちの子の中には自分ででっかく育つ力が眠っている」「今は大変な時やねんな」という深い信頼をもって、毎日を過ごしていくことが、彼らの自尊心を傷つけるリスクを減らします。

これが、ゆくゆくは、彼らの心からのやる気に繋がっていきます。

思春期男子との関係を感覚ではなく「技術」で整えたい方へ

ぜひ、「対話スキル」を学びながら、子どものサナギの時期を歓びに変える、母親としてのメンタルを育てていきたいです。