Sさんは子ども2人を保育園に預けて働いています。
毎日書く連絡帳には、家庭での親子のやりとりや子どもたちのにぎやかな様子など日常をそのまま書いていました。Sさんは、どんなに忙しくてもびっしり書くことがいつもお世話になっている先生への礼儀だと思っていました。ところがある日の面談時、先生から「発達が少し遅いようで心配です。保育園でも他の子ができていることができていません。おうちでも歩き回って食べているんですね」と言われました。
家の中で歩きながらご飯を食べることは連絡帳に書いたことでした。Sさんはすっきりしない気持ちが残ったものの、その時はあまり気になりませんでした。ですがその日の夜、お帳面を書こうとした際、面談の時に言われた言葉が引っかかって何も書くことができませんでした。次の日、Sさんは初めて連絡帳を白紙で出しました。
連絡帳が白紙や簡単な文面にガラリと変わってしまい、先生もそのことが気になっている様子がうかがえました。Sさんはギクシャクするのは嫌で先生に話をしたいと思いましたが、同時に不安もありました。自分が上手に伝えられなかったら、もし先生の抵抗にあってしまったら、今のイヤな気持ちが更に大きくなったり先生との関係性が悪くなったりするのではないかと心配だったのです。
その時Sさんは「親業訓練講座」で学んだ「わたしメッセージ」を使おうと思いました。相手を大切にしながらも自分の気持ちも大切にするために、ジャッジや評価を入れずに事実や感じたことをそのまま伝える言い方です。Sさんは「わたしメッセージ」を作る作業の中で「言い残しを作りたくない」「言った後でイヤな気持ちになるのはイヤだ」と思いました。緊張や不安は依然としてありましたが、くり返し準備するうちに、話の順序、表現などが精査されていきました。そのうち、緊張しているままでも思いの強さをそのままに一生懸命さが伝わるように言えたらいいやと思えるようになっていました。
そして明日から冬休みという日、先生に話をしました。
「今までどんなに忙しくても、先生の礼儀だという気持ちがありお帳面を書いていました。でもいつも何を書いたか覚えていないくらい気軽に書いていたので、私が子どもを野放しにしている親だと評価されていたようで本当に悲しくなりました。何のために今まで頑張ってお帳面を書いていたんだろうと思うと、頭が真っ白になって、本当に何を書いたらいいのかわからなくなりました。私の対応で気になることがあったら先生には朝も帰りも毎日顔を合わせているので、その時に聞きたかったです。先生が上の子の様子も確認しに行ったというのもショックでした。子どもには毎日毎日食事のたびに「おかず、ごはん、おかず、ごはんの順に食べる」「左手をつかって食べる」「食事中は出歩かない」と繰り返し言っていますがでも直らない。私なりに努力していたし困っていた事だからとても傷ついたんです。」
すべてを伝えきるのに20分くらいかかったそうです。その間、先生はまずはSさんの話をしっかりと聞いてくれました。それだけでもSさんはずいぶんスッキリしました。
先生は、Sさんが連絡帳を書かなくなったのは、発達が遅いと言われショックを受けているからではないかと思っていたそうです。先生は「私もこのまま休みに休みには入るのはイヤだったんです」「文面だけのやりとりは誤解もあるから直接話すのは大切ですね」最後には「私は誤解がわかりスッキリしました。お母さんはスッキリしていますか?大丈夫ですか?」と言われました。Sさんはわだかまりが解けて、気持ちよくサヨナラができました。
「わたしメッセージは最強ですね」と笑顔で語って下さったSさん。徹底的に準備をして過不足なく気持ちを伝えきれた心地よさは、大きな自信も手に入れたようです。そして先生との距離も以前より近く感じられるようになったそうです。
ちなみにSさんは子どもにも正直に伝えてみました。「背中が丸くて食べたりおかずだけ食べてごはん残して手が止まってしまったりすると、先生がお母さんが家で注意していないからだって思うの。お母さんはそう思われると保育園に行きたくないってくらいすごく嫌な気持ちになるの。」すると家でのマナーは相変わらずですが、保育園では見違えるように変わったそうです。先生から「面談以来、面談の話を聞いてたのかと思うほど、今までのは自分の勘違いだったのかと思うほど行儀が良くて、他の子の悪いところを見つけると教えたり注意したりしているほどなんです」と言われたそうです。子どもなりにSさんの想いを感じ取ってくれたのだととても嬉しくなったそうです。