育児の方法論に振り回されたわたしを救ったのは、愛が学べるものだと教えてくれた親業
親業訓練協会発行の機関紙よりの抜粋です。この14年間、親となってから、わたしはベストの親となるべく教育書を読みあさりました。
私の経験から「過保護はやめ、自立した子どもに」が目標となり、その方向の本を何度も読み返しました。
(わたしは大事に育てられすぎていたので、自分が自立できないのが分かりながら、そのことから自分自身、脱せられませんでした。そのまま母になっていたのです。)
今から考えると、無謀ともいえるようなことも、わたしの感覚でなく、・・・すべきと、後は夫の考えで動いてしまい、私の考えで教育することは、無くなってしまったと思います。
方法論に振り回され、一生懸命になればなるほど、子どもが見えなくなり、成績はどうでも元気で性格がよければいい、と全く学校の勉強にふれずに育ててしまったのです。
その結果がだんだんはっきりと表れてくる年齢になると、本音と建前があったことに気づき、本当にわたしが子どもにしてきたことは良かったのだろうか、ひょっとすると、子どもに大きな間違いをしてきてしまったのではないかと自分に全く自信が持てなくなり、自分さえも見失ってしまいました。
ちょうど、長女も反抗期と言われる年頃に入り、わたしは一つひとつにオロオロするようになってしまいました。
「子どもにまかせる」ことで、わたしは自分の感情を殺し、良い母親になるべく努力するのですが、かえって押し殺した感情がたまって爆発し、子どもとの関係は悪くなる一方でした。
そこで、親業の門をたたいたのでした。
とにかくハウツーものだろうが何だろうが、親をすることがこんなにも辛いのであれば、何でもやってみたいという心境でした。
コミュニケーションを通じて、人は小さな愛をドンドンふくらませていくことができる、人間は変わることができることを体験しました。
また、子どもを一人の人間として尊重する、これは夫婦においてもお互いを一個の人間として尊重することなしに、お互いの信頼関係ができないのと同じだと思います。
依存と支配の中では自立は難しいということが、身をもって分かりました。
わたしはいま、夫からだいぶ自立でき、夫の考えは夫の考えとして尊重しながらも自分らしい行動がとれつつあるようになりました。夫も楽になったようですし、わたしもとても楽になりました。
受容のもたらす、自分は愛されているというその内的な感情、その持つ力を私は実感しつつあります。
その人をありのままの姿で受容することこそ、真の愛の行為であり、それを伝えることでいかに相手の体と心の成長を促し、また、心理的、身体的障害を治す上でも私たちの知っているあらゆるものの中で最も優れた治療効果を持つということも実感できます。
家の中が、とても和やかになり、夫との間に私がユーモアを持つことが大切と、心がけられるようになって、ハッキリと夫から自立できたと思えるようになりました。
愛が学べるものだと教えてくれた親業は、40歳不惑を前にとても有難い、人生の折り返し地点での素晴らしい帰り途の切符でした。
〜親業訓練協会 心を伝える21世紀のコミュニケーションより〜