子どもを感情的に怒ってはいけないと言うけれど、、、
「感情的に怒ってはいけない」
子育て本やSNSで、そんな言葉を何度も目にしました。
両親に怒られて育ったせいか、私は「怒られる痛み」を人一倍知っているつもりでした。だからこそ、自分の子どもには絶対に同じ思いをさせたくない。「感情的に怒る親にはならない」と、心に固く誓っていました。
息子たちがどんな行動をしても、落ち着いて話しながら「しつける」。理想はそんな育て方でした。
でも、現実は甘くありません。
私は三人の男の子の母です。家の中は毎日てんやわんや。ケンカ、騒音、食べこぼし、忘れ物…。精一杯頑張っても思い通りにならない現実に、ギリギリまで我慢した挙句、ついに爆発!
「いい加減にして!!」
怒鳴った瞬間、後悔が襲ってきます。子どもがシュンとした顔を見ると、胸が締め付けられました。
「ああ、またやってしまった…」
「子ども、傷ついたやろな…」
母親の罪悪感、劣等感が子育てに与える影響
私は三人の息子の育児中に「親業」を知り、実験と検証を重ねてきました。また、インストラクターとして約400組の親子関係改善をサポートしています。
たくさんの親子を見てきて、確信していることがあります。
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母親の「罪悪感」は、子育ての邪魔をする
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罪悪感や劣等感は、表向きは「反省」や「優しさ」に見えます。でも心の深いところでは「こんな母親でごめん」「子どもがかわいそう」と自分を責め、子どもとまっすぐ向き合う力を奪ってしまうのかなと。
罪悪感が強いと、次のような悪循環が起こります:
親は努力しているつもり。
でも、子どもからすれば「気分次第で機嫌が変わる面倒くさい親」のままになってしまうのです。
罪悪感が強い人の特徴チェックリスト
「もしかして私も?」と気になる方は、次の項目をチェックしてみてください。
✅ つい「私が悪かったかも」と先に思ってしまう
✅ 誰かに迷惑をかけるのが異常に怖い
✅ 子どもが困っていると、自分のせいだと感じる
✅ NOと言えず、あとで疲れ切る
✅ 人から褒められても「そんなことないです」と否定してしまう
✅ ちょっと注意されただけで落ち込みが止まらない
✅ 「いい母・いい妻」でいなければと思い続けている
いかがでしょうか?
もしかしたら「子どもに強く言いすぎる → 自分を責める → 関係がぎくしゃくする」という負のループにハマっていませんか?
子どもは親の心の奥を敏感に感じ取る
「何でも許してくれるけど、顔が笑っていないお母さん」
これが一番、子どもを混乱させます。
これは、「許される時」と「許されない時」の線引きがわからないから。子どもは常に親の顔色をうかがいながら過ごします。
そうは言っても、親は子どもをできるだけ怒りたくはありませんよね。
「怒られるかもしれない」と思うと、子どもは素直に行動するのではなく、バレないように隠そうとしたり、先回りして媚びたりするようになります。
私自身、幼い頃そうでした。
親に本音を言うのが怖くて、無表情を装っていました。すると親は「大丈夫かな」と心配する。ますます私は言えなくなる…。
子どもにこんな思いをさせたくないと強く思いました。
親にも欲求や感情があることを認める
罪悪感や劣等感は、どんな親も持っているかもしれません。
ですが、この罪悪感や劣等感を持ちすぎる事が、子どもにとっての悪影響がある事も事実。特に頑張り屋さんの母親は要注意です。
手放す第一歩は、「親も人間でいい」と自分に許可を出すことです。
これ、当たり前のことですよね。でも、完璧な母親を目指していると、この当たり前を忘れてしまいます。
私は「親業訓練」で、自分のマイナス感情にOKを出す方法を学びました。ここは、親業では真っ先に学ぶところです。
専門的には「自己受容」と言います。
「自己受容」は、ゴードンメソッドの初めの講座「親業訓練一般講座」のテーマです。
ゴードンメソッドには「自己受容」「自己理解(親業訓練上級講座)」「自己肯定(自己実現講座)」などなど、自分を学ぶためのテーマがあるのです。
この「自己受容」が訓練のまずは第一歩ですが、意外とムズカシイかったところ。
私もシックリくるまで何年もかかりました。
良い母親でいたかった私は、怒る自分、イライラする自分をダメだと思う気持ちが、深くて大きかったんですね。
子どもに欲求があるように、親の欲求も大切にしていい
罪悪感が強い人ほど、自分の欲求を後回しにします。 「子どものためなら我慢しなくちゃ」と思い込んでいるからです。
親業では、親の欲求は押し殺すものではないと考えます。
子どもに、やりたいことがあるように、親にも、やりたいことがあって当然。
こんな当たり前の事なのに、実際にそこにOKを出せるようになるには、私には訓練が必要でした。
自分のマイナスの感情にOKを出せて、子どもを怒る自分にOKを出せてから、私の子育てが舵を切るように、大きく変わっていったのを覚えています。
「怒り」を安全に伝える練習
自分の中に燻っていた「怒り」のような強い感情を、最愛の息子たちにさらす勇気を持つのは、すごく苦しかったです。
でも、別々の人間が、一緒に楽しく暮らしてく為には、他人の感情や欲求についても配慮が必要だということを、伝える機会となっていきます。
「怒る」ことが悪いのではありません。
問題は「怒り方」です。
ゴードン博士が提唱した「対決のわたしメッセージ」は、怒りを「攻撃」にしないで、「困っている自分の気持ち」を伝える方法です。
例:
「なんでこんなことするの?迷惑かけるでしょ」 と言うよりも、
「床が汚れると後片付けに時間がかかってしまって、私はとても困るよ」と言いたい。
同じ内容のように見えるかもしれません。でも、子どもが受け取る印象は全く違います。
私も最初は下手でした。長々と説教しそうになったり、つい子どもを非難してしまったり…。なにより「自分の本心」を伝えることの抵抗がかなり大きかったです。
でも、練習を重ねながら少しずつ伝えられるようになりました。
子どもは、どんな私を責めずに、私の気持ちを理解して、自分で考えて行動を変えはじめたからです。
「私って愛されてるんだな」と思えて、心が震えました。
「きっと子どもは傷ついたに違いない」という思い込みを手放す
罪悪感の正体は、
「こんなことを言ったら子どもは深く傷つくはず」
という思い込みかもしれません。
でも、子どもは親が思うよりもずっと強い存在でした。
自分の感情を解き放つと、私が持っていた「思い込み」が解けていきました。
「子どもを信じる」ことができるようになって、少しずつ罪悪感も、なくなっていきました。
良い循環ができると、「子どもを信じる親」に自然と、確実に、近づいて行けた気がします。
誰が悪い?ジャッジする白黒思考から抜け出そう
最悪感を抱えて苦しかった時、私の中には、正しいか正しくないかの、白黒思考がありました。
「怒る私はダメ母」「冷静に話せる私は良い母」
そんな二元論で自分を裁いてしまっていて、ますます苦しくなっていました。
でも、「あれかこれか?」「どっちが正しいか?」「どっちが勝つか?」の思考はつまり「悪者探し」となり、自分の首をしめるだけです。
ここを、手放すための、スキルとメソッドでした。
人は完璧でなないし、完璧になろうとすることが、かえって自己否定や窮屈さを生み出すことになっていたことに、気づけた。
今日うまくできなくても、明日少し良くなればOKだと、今を肯定する姿勢や、その小さな積み重ねが、自分への信頼となっていきました。
希望は必ず持てる
罪悪感を感じる人に、「罪悪感を感じるのはやめろ!」と言っても、ムリですよね(笑)
だって、感情とは内面から自然と湧き上がってくるものだから。
なので、そんな自分もまるっと受容しながら、コトバを矯正し整えることで「親子の分離」を自然にうながしていく効果が、親業にあります。
まずは、大切なのは、子どもをいやだと思う自分の気持ちに正直になること。
怒りの感情にフタをせず、気持ちを率直に伝えあうことで、温かい関係を作り直していく奇跡を何度も見てきました。
私も、三人の息子に、何度も感情的に怒りましたが、でも今、彼らは自分の意見を持ち、私と対等に話せる大人になっています。
だから、今、悩んでいるお母さんへ。