子どもの自立・自己規律心が育つ家庭環境をつくる親の学び場
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自分の課題にぶち当たってしまったあなたへ

自分の課題にぶち当たってしまったあなたへ

子育ては自分育て。


特に、親業は「親の成長」のための講座ですから、自分に嫌というほど向き合うことを余儀なくされます。

それには、「今まで見なくてよかったものを直視する」という苦しい作業もたくさんありました。

私は、講座の後や受講生の方と話をする時、また、ご相談のメールを読んだり、それに応えようとする時にも、気持ちが引っ張られて、グルグルと色んなことが頭の中にうかぶことが多くありました。


自分との対話の中で、自分の深いところに繋がっていくと、どうしても「本来の自分」と出会ってしまいます。


なので「自分を取り戻す」作業がどうしても必要になってくるんですよね。


これ、コトバで書くのは一言ですが、とんでもなく遠い道のりのように思えるときがあります。


これは個人差が多くあることだと思います。なので、「なんのこっちゃ~」って人もいますよね。そんな方はスルーしてくださいね!


親業を学ぶと、自分に目を向けることを余儀なくされます。


自分を「ありのまま」に受容し表現することが、対等な人間関係を育てることにはとっても大切だからです。


なので、自分の感情にとても敏感になりました。


何を感じているか?我慢していないか?

何がそんなにイヤなのか?

何がそんなに許せないのか?


すると、奥深い部分で蓋をしていた痛みが疼く場合があったのです。


これは、もう、私自身が自分の感性に蓋をしながら生きてきた証拠とも言えるのですが、子どもを育てるうちに、自分の人生や生い立ちに触れて感情があふれ出すことがあったんですよね~~~


誤解して欲しくないのは、生い立ちを振り返ったり、反省したり、生きづらさの原因を探す為に学ぶのではありません。


ただ、どうしても、そこに目が行っちゃう場合があります~


これは、私のケースなので、受講された方全員がそうなるとは限らないかもしれません。


でも、胸の奥に自分の本心を押し殺しながら生きていた私にとっては、暴かれる感覚があり、とても戸惑いました(笑)


正確にいうともともと、うっすらとそのようなことを感じていたのかなと思います。


気が付いていたけど、気づいていないふりをしていた、というか。

そこが浮き上がってしまったというか。

あぶり出された、というか。。。


でね、自分の中のホンネや苦しかったものに一度気づいてしまうと、もう、元に戻れません。


今までのように、「無かった事」にはできない。


「無かった事」には、出来なくなってしまった「厄介なモノ」。


これが、うずくうずく~~~


うーーーん、

これ、とても面倒くさかったです。


これをどう考えるか?ですね。


人生の未解決の問題がたまっていた

ゴードン博士は「未解決の問題」という言葉を使っています。

その人が解決すべき問題がそのまま消化されずにいることを指すのだと思います。

私は、いつも葛藤を抱えながら生きてきたので、この「未解決の問題」がたくさんありました。


そして、その「問題」が手を変え品を変え、私の人生に訪れるのですね。

それまでの私は、同じような人間関係の問題が不得手で、時に日常生活に支障をきたすほど、揺さぶられたりしました。それも、かなり根が深いところから揺れたりすると、本当に感情が引っ張られてしまいました。


で、どうするか?


・・・


そこなのですが、先ほども書きましたが、全ての人がそうなるとは限りませんよね。


つまり、同じ事柄が起きても、「問題」になる人と「問題」にならない人がいることに気づいたんです!


・・という事は、


やっぱり、

問題は、持っている人が解決できる。解決できる問題だから目の前に現れる、ということかな、と思い至りました。


こういう問題は、多分、人生をかけて、向き合っていく問題なのかもしれません。


人はそれぞれ、自分の人生の課題がある、ということが腑に落ちるようでした。


自由になる範囲と自由にならない範囲

さて、その後の私が、生きるのがすごくラクに楽しくなったのは、自分の人生であっても、自由になる範囲と自由にならない範囲があることを、受け容れることができるようになったからかもしれません。


変えられることと変えられないこと。


特に、子どもは「変えられない」、と思いながら、どこかで「変えられる」「変えられるはず」と思っていたのかもしれませんが、変えられません(笑)


こんな当たり前のことがシックリ腑に落ちるまで、かなりの時間がかかっています。

笑ってしまうほど。

つまり、自分では解決できない問題なのに、勝手に自分の問題にしていた、ということも多くあったということです。

変えられないことを変えようとしていた、、そんな「不可能」なことについて悩むなんて、時間のムダ(笑)

ここに来るまで、かなりシンドイ時もありましたが、もう今はあまり覚えていません。


覚えていないことにも気づきました。今、一生懸命に思い出したりしているのですけど、でも、今が良ければ過去の痛みなどすべて忘れてしまう、ということも、アリかな~とも思います。


変えられるのは、自分だけ。

自分の幸せを満たすのは、自分の責任。

じゃあ、自分の幸せって何?と考えた時に、「今ここでの自分の感覚こそが唯一の自分自身なのだ」と思えるようになりました。

未来を夢見たり不安を抱いたりするのも、
過去に想いをはせたり後悔したりするのも、結局は「今ここでの感情」なのです。

つまり、今、幸せな人は、いつも幸せ(笑)

実際に、人間は「今、ここの自分」に集中して生きなければ、いつまで経っても、どんなにお金持ちになっても、どんなに家族に恵まれても「幸せ」にはなれないのかな、と思います。


「今ここ」を幸せに生きる事。


「過去」を嘆く人は、「今」が幸せでない人なんだということも気づきました。


対人関係の技能こそが人生を豊かに変えられる


親業インストラクターとしての立場で言うと、このように、家族関係の課題や、自分の深い部分の痛みの経験を持っている方は、カウンセリングなども受けている方も多いですが、


親業を知り実践されると、す~っと最速で親子関係を改善されていく場合が多いように感じます。


傷ついてきた人は、人の痛みに敏感です。


なので、親は子どもの気持ちがよくわかる方が多いですし、子どもも、親のしんどさを感じ取っている子が多い様な気がします。


親業で、コミュニケーション齟齬がなくなれば、気持ちは自然と通い合いますし、自他分離がしっかりできると、それぞれの問題をしっかり分けることができるので、親の問題に子を巻き込まずに、労わり合える思いやりも育ちます。


子どもは、大きな問題を起こす必要がありません。


つまり、自分が苦しんだことは、次世代に活かされます。


プラスマイナスって、帳尻が合うんだなって思います。

良いとか悪いとかでなくて、そういうもんなのかなと思うんです。


そして、人生の課題もそれぞれです。


私が親業がスキなのは、原因追求などに時間を費やすことをしないことです。


子どもに反省もさせないし、親も原因も探しません。


困っているなら、どう解決するか?


つまり、これから、どうしたらいいか?にのみ、焦点を当てますす。


問題解決です。


過去なんて、ホジホジしても、人の記憶なんて、自分の都合の良いように書き換わってしまうから、たいして意味をなさないでしょ。


自分の思う通りにならないと「あきらめ」がつく程度の事です。


そこに執着しても、何の解決にもならないと思います。


今から、どう生きるか?です。


過去の自分を顧みて、あああの時の自分はよく頑張ってきたなあってこともあるけれど、それは、例えば登山の山腹で、ちょっと休憩しているときに、道のりを確かめるだけでいいと思います。


人生は、粛々と歩いていくだけ。


子どもを幸せにしようとする前に、まずは不機嫌な自分をなるべくさらさないよう、自分を幸せにしながら生きていくことです。


夫や家族が母親に望んでいる事って、こういうことなんじゃないかなと思っています。

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