子どもの自立、自律心を育てる!親のためのコミュニケーション教室
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やらされるのではなく「自分からやろう」と本気スイッチが入る3つのポイントと土台づくりについて

やらされるのではなく「自分からやろう」と本気スイッチが入る3つのポイントと土台づくりについて

おかん塾で育てたい、こだわりたいのは、徹底的に「本人のやる気」を育てる子育てです。

 

これは、自分自身の行動を自分でコントロールしながら、なりたい自分になれるよう、自分で深く考えながら、行動を選んでいけるように、というものです。一言で言うと「自分の行動や人生に責任を負える子ども」です。

 

具体的には、勉強など「やりたくないことも、自分でやろうと主体的に取り組める」ように。それも、誰かからの指示や命令されたから取り組むのではありません。自己の目標に集中し、それに向かうためにどうしたらいいか、自分で考えられる力と、そこに伴う責任も負う力を育てておくことです。

 

そもそも、勉強は「お母さんや先生の為」にやってもらっても、効果は上がりませんよね。そうではなく、自分が「やりたい」「やらなくちゃ」と思うから、「勉強する」 という、内発的、自発的な強い思いがあってこそ、成果が上がるし、場合によっては「爆上がり」するのだと思うのです。

 

そんな「爆上がり」を期待したい!!!!!


で、この「自分で自分を育て、成長・進化させる力」を、親業のゴードン博士は「セルフディシプリン(self-discipline)」(自己規律)と定義しています。

 

この「自己規律心」とはどんな風に育つのでしょうか? 

自己規律(self-discipline)

自分の内部に自己を指示する力を持ち、自主的に責任ある行動ができること

ニンジンをぶら下げらても人はマジにはなれない

誰でも、人生で一度ぐらい、誰にも言われなくても「スイッチが入った!」と思えた瞬間があるのではないでしょうか?このスイッチが入ったというのは、時間を忘れて、没入してしまう感ですね。今の言い方だと「ゾーンに入る」というのかもしれません。

 

私の経験で考えると、「勉強しなさい」と親から指示された時は、「やらなくちゃ」と思ってはいるのですが、でもなかなか集中できず、かえって勉強が億劫になったことを思い出します。

 

そんな私ですが、学生生活の中で一番勉強に身が入った事があります。それは、中学2年生の2学期の理科のテスト時のこと。クラスメートの女子が、私のテストの結果を覗きに来たのです。


私のテストの結果をわざわざ見に来るなんて、彼女は私をライバル視してる????

 

いい気分になった私は、負けたくない精神もムクムクと湧き上がり、その後は自分でもビックリするくらいの「やる気」が出てきたのです。本当に不思議なくらい。結果、テストは高得点!

 

でも、残念ながら、この頑張りは、一回だけに終わってしまいましたんですね。トホホ…

 

目的が不純だったからかな、、ちょっとわかりませんが、ただ、勉強嫌いの私が、あの時なぜ、あれほど「本気モード」に入れたのか。それは友達がわたしの「自尊心」「プライド」を大きく高めてくれたからだと、それはそう思います。

 

親や先生が叱咤激励して、わたしのモチベーションをどんなに高めようとしても、あれ程のやる気にならなかっただろうなと、思います。

 

実際、わたしは先生から「評価」されたことが、プレッシャーになり、ついには動けなくなった経験もあります。これも、同じく中学2年生の時でした。1年の夏休みの終わるころギリギリに姉に手伝ってもらいながら描いた選挙啓蒙のポスターが、予想外に県に表彰されてしまい、周りから評価を得たのです。親は大喜び。ですが、中学2年の時にはなぜかポスターの提出すらできなかったのです。

 

構想は何度も練ったのですが、いざとなると描けませんでした。ズルズルとそのままになり、得意な美術が宿題を未提出だったせいで、屈辱の低評価(-_-;)

 

その時の私にはわかっていませんでしたが、人は「評価」されて、「評価」が欲しくなると、身動きが取れなくなることがあると、私は自分の身をもって経験しました。

 

「評価」は麻薬のようなものだなあと思います。

 

あまりに快感すぎて、また欲しくなります。すると「評価」されることを求めて、奮闘しますよね。ただそれは、「内的なやる気」がなし崩しになってしまうリスクをはらんでいます。

 

私たちは、「評価されないとやらない子ども」を育ててしまっていないか、もう一度考えてみる時だと思います。


他人の目が気になる人は、大抵他人から「評価されること」に対して、とても繊細で敏感になっています。

他人の評価に振り回されているのです。 

 

本当に親がめざすべきことは

誰でも自分の行動は自分で決めたいと思っています。自分の行動を規制されることは嫌なのです。自分で決めて、自分がブレずに行動出来ると、とても気持ちがいいし、本当の実力を発揮しやすくなります。

 

勉強する意欲は、元々すべての子どもが持っています。そして、本人の内にある「やりたい気持ち」に火が付くと、子どもは本当にスゴイ馬力を発揮します。

 

人が育つ法則はとてもシンプルなのです。

 

で、問題は、そのシンプルな法則を子育ての「現場」にどう落とし込むかです。良かれと思う行為がどんな影響を与えているのか、よく知ったうえで、日常生活の中で、子ども自身が「やりたい気持ち」に火が付きやすいような状況を親がどう作っていくか?

親としては、ここを、徹底的に考えたいところです。

その為にも、彼らがホンキになって「自分から動きたい」と思う「やる気の芽の根幹を潰さない」を常に忘れないでいたいものです。

子どもが自分から「変わろう」と本気スイッチが入る時の3つのポイント

子どもが自分のピンチを何とかしよう!と切り抜けた時、そのスイッチはいつ入るのでしょうか。

① 問題が「自分事」となっている

 これは、つまり、 

  • 本人がとても困っている、
  • イヤだ、何とかしたい、
  • この状況は耐えられない、
  • 本当に困っている、、、

 と本気で思っている時。

 

人はホンキで困った時に動き出す、というものです。が、逆に言うと、本気で困っていないのに、何とかしようという気力は湧き出てきません。

 

親が子どもの問題を肩代わりして解決していると、「ボクしかこの状況を何とかする人がいない」という現状を子どもがいつまでも自覚できません。 

 


②自分の状況を冷静に見つめられる時

人は、イライラしたり困ったりした時は、かなり感情的になり、うろたえてしまいます。そんな時は、これ以上傷つきたくないと、自分を守るために、防衛的になるのです。

  • 私のことばっかりなんで言うの?
  • 他の人もできてない人がいるのに、なぜ私だけ責めるの?
  • みんなだって、〇〇ができてないやん
  • 別に、あなたに関係ないでしょ
他人を攻撃し始めたり、誰かのせいにしたくなるのは、自分を守るのに必死なため。

 

人は、責められたり非難、否定されると、物事を冷静にみることができません。必死のパッチで余裕がなくなり、どうすれば、身の安全が確保できるか?と、そのことばかりに頭が使わてしまうのは「自然の摂理」です。  

 

 反対に、冷静に、深く自分を顧みることができる時とは「傷つけられる可能性がない」、すなわち「心の安全が担保された時」です。

 

 問題を持ったことを、責められない、傷つけられない、絶対に大丈夫だと思えて、自分が責められる可能性が完全に無くなったと感じる時、人ははじめて、心から安心できます。

 

そして、その後、ゆっくりと、思考が回り出して、状況を冷静に分析していくことができます。

 

自分が責められない完全に安心だと感じることは、人が前を向くために、とても大切なことです。

 

 

③頑張ればなんとかなりそうだと可能性が見いだせる時


人が自分の人生をあきらめてしまうのは「可能性がない」と判断するからだと思います。

がんばれば手が届く
可能性が残っている

と、マジで思えることは才能レベルの事で、とても大切にしたいこと。逆に言うと、「根拠のない自信」を持ち続けることは、とても大切なコトだと思います。

元々、子どもは自分の人生の可能性を疑いません。

ですが、世の中のお母さんたちは、子どもが「根拠のない自信」を持っていると、「何て気楽なの?」「現実が分かっていないわ」「もうちょっと〇〇にしたら?」などと言って、子どもの自尊心やプライドを地味に傷つけていることがあります。

子どもの自己概念は、日常の親のコトバで形成されていきますから、

これ、とても残念なコトだと思います。


子どもが自分で成長する為につくりたい安心の場

彼らの人生におけるあらゆる問題をバネにして、成長して言って欲しいと思う時、

じゃあどうしたら、自分の問題をバネに成長していこうと思えるのか?

 

これは、彼らが自由を感じられるときです。

 

①自分の人生の課題を、自分事として捉えてもらうために➡彼らの人生の課題を、私がなんとかしようとしない

 

②安心安全で、冷静に自分を振り返ることができるように➡彼らが失敗したりモヤモヤする状況を、私が責めない

 

ということ。


これは、ゴードン博士の親業を学ぶなかで、博士の提唱された具体的な理論と方法論がピタリとはまりました。頭の中でぼんやりと考えていたことが、確かな理論となったことで、自分の中で大きな「軸」を得ることができました。

そして、日常の中でのどうやって行えばいいか?の、子育ての生活に「会話」として落とし込む作業の連続の毎日でした。

 

それが、実際に100%行えたのか?と言われれば、そんなことはありません。自分でもできていないこともありましたし、感情的に、吠えたりしました。

 

でも、理論や原理がわかっていると、たとえ「失敗」したり、子どもの関係が悪くなりかけても、なぜ、子どもの機嫌がわるくなっているのか?の理由が具体的にわかったので、それは私にとってはとても助かる事でした。

  

原理原則を知っているから、軌道修正がすぐにできる

まっ平な地面の中に、チューリップの球根が埋まっている場所が分かっていると、なるべく、踏まないように工夫できます。

 

また、たとえ踏んでしまっても、後でお手当てもできるのです。

 

今の子育ての状況は「どこにチューリップの球根が植わっているのかもわからない」そんな状態で、やみくもに行き当たりばったりの対応をしていることはないでしょうか。

 

私が自分の子育てを振りかえった時も、それは、いつ、破裂するのかもわからない、ロシアンルーレットみたいな、子育てだったと思うのです。 

 

これは「知らない」ということだけなのですが、それがあまりにストレスが多いことでした。

 

知ることで「踏むといけない場所」が分かっていると、たとえ、球根をフンずけちゃっても、すぐにお手当てができますから、気分がとてもラクになりました。

 

踏んでいることがわからないまま、なんでこんな風になるのかな????と思い悩んでいる方が、ずっとツライと思うのです。

 

と、話しは逸れましたが、子育ての原理原則を知ることは、悩んだ時の羅針盤を手にするのと同じことだと思います。

初めは恐々だった道のりですが、だんだん羅針盤への信頼が増していくころ、子育ての道のりが楽しくなっていったのを覚えています。

正しい知識は「不安」を解消してくれるからです。 

 

「自分で自分を成長・進化させる力」が育つために

自分で自分を成長、進化させる力を、子どもはだれもが皆持っています。

 

それは赤ちゃんが誰にも教わらずに、ハイハイし、立ち上がり、歩いていくのと同じ、自然の摂理です。


大切なのは、子どもの力を信じて、発揮できる環境づくりです。

自分から行動し、変わって、進化していく我が子を見るのは、親としての醍醐味だと思うんですよね。

この記事が参考になると嬉しいです。
 
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