自律の子育てを考える会の9月のテーマは「子どもの心を育む親のあり方」について話そうと思います。
これ、気になる人は多いかもしれませんね。親なら誰もが「子どもの心を育てたい」と思っているのではないでしょうか。
でも、「心を育てるとは、結局はどういうこと?と」聞かれると、それはその人によって違ってくるのではないかなと思うんですね。例えば、「優しい人になってほしい」とか「他人への思いやりを持ってほしい」とか「自分がしてほしくない事は、他人にしないように」とか。
みんなとても大切な事だと思っているけど、じゃあ、具体的に何を示すのかが曖昧だし抽象的。私も「心を育てる」という事にとても興味を持っていたのですが、実際に何を目指すのか?どう接していくと良いのか?かなり漠然としていた時期がありました。
大切だと思っているけど「実体」が良くわかっていない、見えていない、それが「心を育てる」ということだと思います。
「心を育てる」為に、母親として何をすればいいのか?色んな子育ての本を読みながらも、私はずっと、自分の中でシックリくる「答え」を探していました。
そんな中で見つけた!のが、「育児の原理」という本でした。著書は小児科医の内藤寿七郎先生。その中で、自己制御や自己コントロールという言葉があり、私が目標としたいのは、これだと思いました。
2歳の子どもにも、自己コントロールできるという事が事例付きで書いてあったのです。そのためには親の「心がまえ」が大切だと。素敵だなと思って、何度も読み返しました。
人間は本能があり、感情に支配される生き物です。
だからこそ、それぞれの人が持つ本能や感情を、自分自身でコントロールして、自己制御できる能力を身につけられるように育てるために。
自らの心が動いて、自らの意思で「〇〇しよう」または「〇〇はやめよう」と、自分の行動を制御できるように。
自分の行動を自分でコントロールすることは、高いレベルでの知性の発達が必要だと思いました。でも、真に自分らしい人生を幸せに生きる為に欠かせない要素です。これを子どもの頃から意識したいと思ったのです。
例えば、冷蔵庫に入っているアイスクリーム。全部食べたいと思い、全部食べてしまうのは、本能のままの行動と言えるかもしれません。でも、ここで「食べたいけど食べないでおこう」を自分で選べるように、そんな子どもに育てたいのです。
ここで、「自分が食べたら怒られる」とか、親や大人からの罰を恐れての自制や、「褒められるから」などの、損得勘定からではありません。もっと高い意識で、自分の行動を律することができる意志を持てること、それが「心が強く育つ」という事なんだと、そんな風に考えたんですね。
これこそが、今でも追及している「自律の子育て」ですね。
でも、誰かに怒られるからではなく、損得勘定からでもなく、自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する。そんな「高次元」の子育てを、実際にやろうとしても、本当に難しく感じました。
だって、内藤先生がやってた事例は、そのままでは、マネできないんです(-_-;)
そもそも、事例も違うし…
育児の原理に書いてある、親としての心がまえを何度も自分に落とし込もうとしました。落とし込んでいるつもりでした。が、でも、子どもの成長とともに、私の志は脆くも崩れ去っていったのです。
男の子3人の子育ての現実は、私の「甘い想定」をはるかに上回ります。目の前の状況にどうしていったらいいのか、私の理性が保てなくなってしまったのです。
とても冷静ではいられない。感情が突っ走ってしまう。自分をコントロールできないことが、自分を苦しめてしまう。所詮、子どもはワガママなモノ。どうしても感情的に𠮟りつけてしまう自分に、そんな高尚な子育ては所詮ムリだったのかもしれない。
そんな毎日が続いて、私の理想とする子育ては、所詮は絵に描いた餅だったのかと絶望していた時に出会ったのが、ゴードン博士の理論とメソッドでした。
自律の子育てを現実化するためには、コツがありました。
そもそも、親だって人間。欠点のある一人の人間として、冷静さを失うものです。その時も想定内としての、理論・概念と、具体的なやり方がとても分かりやすくメソッド化されていて、目からウロコでした。そして、「これだ!これならできるかもしれない」と思いました。
ゴードン博士は、、自己規律心が育つ人間関係づくりの専門家として、心を育てる人間関係の構造について、著書の中であらゆる角度から説かれていています。そして、自律心が育つ家庭環境を、私たち「ふつうの欠点のある親」が再現できるように、メソッド化してくれているのです。
つまり、ハードルをものすごく低く下げてくれたわけなのです。
子どもの心の扉は開いているか?
じゃあ、子どもの心が健やかに育ちゆくために、親に何ができるのか?
これは、ゴードン博士によると「何もできない」という方がピッタリかもしれません。
博士は、子どもの育つ力は彼ら中にすでにあるものだと書かれています。育つ力があるのに、そこに他者が手を加えようとすると、本来の成長の力を殺いでしまうかもしれないのです。逆効果になってしまうリスクの方が、大きい。
育つ力は子ども自らがすでに持っていると考えて、親に出来る事は、その力を最大限に成長と発達を「促す」ことのみです。つまり、「促進者」としての役割に徹する事しかできないのです。それは「黒子のような存在」であることかもしれません。
とにかく、子育ての主役が親であってはダメなのです。
その為に、子どもの困難を先回りして解決しないという姿勢は、とても重要になってきます。子どもは本来、育つ力を持っていると親が信じていないと、できないことです。
ここが、親の意識改革です。
で、私たちにできるのは、発達をうながす促進者、心が育つ「土壌」としての役割です。できるだけ根を痛めず、傷つけない、そして、どんどん根が伸びていくような、フカフカで丁度良い栄養と水分を持つ、土壌としての役割に徹することをしたい。
たかが土壌。されど土壌です。
遺伝子組み換えみたいに、彼らを変えようと「操作」するのではなく、彼らが自分の可能性に目覚めて、自分らしい大輪の花をさかせるよう、土壌としての役割に徹すること。
あなたがやりたい子育てはどっちでしょうか。
「何もしようとしない事」が伝える価値
彼らの成長の過程を妨げない子育てをカタチにしたい。その為に、自分なりに最高の「土壌」でいたい。
頭では理解したつもりだったのですが、いざ、実践しようとすると、もちろん戸惑う事も多くありました。私は、とにかくたくさんの知識・分別・感情を詰め込もうとしていたことがわかりました。
その中で、知識はともかく、分別や感情は私個人のモノですよね。なので、きっと子どもは「母親の感情」を押し付けられて、戸惑っていたかもしれないなと思いました。
自分の感情や考え、分別を自分の生き方・価値観・と一致させ、自己規律心を養い、責任ある行動をするためには、「自由」を与えられる事が大事だとゴードン博士は説いています。
大切な、自己規律心、責任感が、本人の中に自然に育つ為には、ちょっとしたコツを毎日の営みの中で守る事が大事なのだと感じています。
子どもが自分の中の葛藤を経験し、そして、結果に責任を負う経験からこそ、自分の人生が自分のモノであると、疑うことなく感じることができる。
それは、運命を支配し、コントロールできるという実感を得ながら、自分らしい人生をどん欲に生きる事に、繋がっていきます。自由な世の中で、疑うことなく自分の意志で、自由に生きられる。それは「誰にも変えようとされない」という、自由な環境の中で、自然に子どもに育っていくように感じます。
一番大事なことは「評価」「賞賛」でなく「受容」
すごいやん!やったね~
これができるだけで、あなたには力があるのよ!
天才だよね~
子どもの心を育てたいと思う時、ほとんどの育児書に書いてあったことが、子どもを評価し、認めてあげる、褒めてあげることの効果でした。
私も、これを信じて、子どもを褒めちぎり、褒めまくっていたんですよね。でも、次第に「なんだかギクシャクしてくる自分と子ども」を感じて、不思議な感覚だったのです。
自分が幼い頃に大人に褒められるのが苦手だったのにも関わらず、育児書を鵜呑みにして、自分の子どもを褒めて育てていました。でも、比較的早く「賞賛のリスク」に気づけてラッキーだったと思います。
「褒めて育てる」という、大義名分のもと、子どもは常に自分の行動を親に見張られ、評価され続けているんですね。コレ、毎日の夕食の点数を夫にされている、と同じことだと思います。
褒められると嬉しい。確かにそうです。評価する人との関係性にもよりますね。けど、毎日のご飯で点数をつけられるのは、なんだかモヤモヤしてくるのだとしたら…。
そうなんです。評価や賞賛には、リスクがあります。「評価」とは、その人の基準から比べられているってことですからね。もちろん、一概には言えませんが、ですが、子どもが誰からのコントロールも左右されずに、自分で自分を評価しながら生きる力を育てたいと思うのなら、言葉をかける時にも、少し気をつけたいものです。
評価されることで、「親の好みに誘導されている」を感じると、子どもは自由でなくなりますからね。
子どもが心配でたまらない時
子どもに何もしようとしない。
彼らの持っている力を信頼する。
頭ではわかっていても、ついつい、何かを言いたくなる時があるかもしれません。それは、じゃあ、彼らの力を信頼していないのか?と自問自答して苦しくなるケースもあります。
これね、きっと心配で、不安で、たまらないんだろうな。
誰かに何かを言ってもらうことで、自分が安心したいのかもしれません。ま、親も人間だし、未熟ですから(笑)
でね、やっぱり何か言いたくなる、
言わずにいられない、教えたくなる、
信頼していないわけじゃないけど、言いたい気持ちが抑えられない、、、
こういう時は、自分の気持ちも整えながら、別のかかわり方も考えていくケースです。
心配でたまらない時は、子どもを助ける余力が無い時かもしれません。1つの正解はありませんが、その時、親としてどんなかかわり方を選んでいくかは、親自身が考えていくところです。
親の自律心が試される時と言えるかもしれません(-_-;)